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北九州家守舎とは

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家守はまちの差配人

江戸時代後期、江戸の町人人口は約60万人ほどであったと言われています。武士と寺社町人口60万人を合わせて100万人。当時の行政機能である南町奉行所・北町奉行所には、武士・与力・同心あわせても300人程度しかいなかったと言いますから、町人人口約2000人に1人程度の公務員しかいなかったことになります。
現在の北九州市で比較すると、人口98万人に対して市職員数は約8500人ですから、行政職員の数は115人に一人程度。今よりも行政機能やサービスがシンプルだったとはいえ、どのようにして人口60万人もの巨大な都市をこのような少ない役人の数で維持管理していたのかという疑問が、当然ながら出てきます。

実は、それを担っていたのが「家守」と呼ばれる人達でした。
江戸時代、家守と呼ばれる民間人がまちに20,117人いたという天保年間の記録があります。江戸には人口30人に一人の割合で家守がいて、まちの維持管理をしていたのです。町人は自分たちのまちをつくり、守るために、幕府からお金をもらわずに、独自にこのような仕組みをつくっていました。

民間人ながら番所に詰め、公用・町用を勤めたまちの差配人。彼らこそ、江戸のまちの家守でした。
家守は不在地主・家主になり代わり、土地家屋の管理から長屋の住人である店子(たなこ)の世話、地代・店賃(たなちん)の取り立てを行っていました。
さらには新しく奉行所が出した御触れの案内、就職、冠婚葬祭など、町人の日常生活から町に関することまで、あらゆることの面倒を見ていました。
店子から「大家 おおや」と呼ばれていたのは地主・家主ではなく、差配人(町役人)である家守でした。落語に出てくる「大家と言えば親も同然、店子と言えば子も同然」という言葉は、江戸時代の家守と店子の関係のことを言っているのです。優秀な家守の元には良い店子が沢山あつまり、まちはにぎやかに栄えていたといいます。

疲弊したまちにダイナミズムを生み出す

小倉・魚町銀天街をはじめとした魚町の商店街は、近年、空き家や空き店舗が目立ってきました。郊外の大型店舗進出の影響や長引く景気の低迷などを理由に商店街の衰退が語られるのをよく耳にしますが、本当にそうなのでしょうか?

確かにその影響は否定できませんが、私たちは決してそれだけが原因ではないと思っています。 商店街がまさに活況を呈していた昭和30年代から50年代。小倉とその近郊では、小倉魚町だけがほぼ唯一と言っていい商業の集積地でした。買い物に来る人、商売をする人、すべての人達が魚町を目指してやって来た、そのような時代がありました。まさに「買い物をするなら魚町」「商売をやるなら魚町」だったのです。魚町は間違いなく一つのブランドであり、多くの商人にとってのあこがれの地でありました。

ところが、今はどうでしょう。市内全域で見れば、重工業などまちの成長を支えてきた産業構造の変化によって人の動きは変わりました。公共交通の発達や自動車所有者の増加、郊外店舗の増加。さらにはインターネットの普及による電子商取引や通信販売の普及など、残念ながら、必ずしも魚町だけが魅力ある商業集積地ではなくなってしまったのです。

そこへ、市内の総人口や生産年齢人口の減少が追い打ちをかけています。「まちで事業を行いたい人(=商人)」自体の絶対数が、以前に比べ減ってしまったことが最大の原因なのです。

つまり「魅力ある商店の集積」である商店街本来の求心力が失われたために、人の回遊も減ってしまうという現象が起きているのです。お客さんが減ったのではありません、まちの中から「魅力ある店」が減ってしまい、その結果、お客さんが来なくなってしまうのです。

「商人の絶対数が減り、空き店舗が目立つ」という状況においては、「まちで商売を志す若者(考え方の若い人)」を次々と生み出しながら、不動産を活用していくことが求められます。ところが今の魚町はそのような人的資源と遊休化した不動産との間に適切なマッチングがなされていません。

このような時代を「魚町」が生き抜くためには、志のある不動産オーナー、新たな商売を興す若いビジネス(事業)オーナー、まちの差配人たる家守が三位一体となって、魚町エリアの価値向上の為に人を生み出し育てるダイナミズムをつくり出していく必要があります。

そして、今まさにそれを実行しなければならない時がきているのです。

北九州家守舎は多彩な経歴を持つ専門家集団

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北九州家守舎のメンバーは多彩です。 代表取締役の嶋田洋平は、建築設計事務所を主宰する一級建築士であり、全国の数々のリノベーションプロジェクトや商業ビルの再生を手がけてきました。魚町三丁目中屋ビルのメルカート三番街をはじめとしたクリエイティブ拠点の開発も行いました。

取締役の遠矢弘毅は小倉駅北口のコミュニティ・インキュベーションスペースを持つカフェであるCafé Causa(カフェカウサ)のオーナー店主であり、行政の認定するインキュベーションマネージャーです。

同じく取締役の片岡寛之は、将来のまちづくりを担う人材を育成する、北九州市立大学地域創生学群准教授であり、ゼネコンで施工管理の現場監督の勤務経験も持ちます。

同じく取締役の青木純は、大家である自らを『まちの採用担当と暮らしの編集者』と表現、「まちにもう一つの食卓を」をテーマにした都電テーブルのオーナーでもある。

監査役の梯輝元は、魚町商店街振興組合の理事長です。司法書士、行政書士、宅地建物取引主任者の資格を持つ不動産業のプロフェッショナルであり、自身も魚町の土地建物のオーナーです。

その他、全国のまちづくり会社と連携し事業型まちづくりを展開している木下斉氏の率いる一般社団法人エリアイノベーションアライアンスともパートナーシップを結び、魚町に必要な人的交流や情報交換を図っています。

常にプロジェクトベースで外部の建築家、デザイナー、法律や税務の専門家やコンサルタントとも協働し、活用できるすべてのリソースをフルに活用しています。私たちは小倉魚町の現状に合った適切な問題解決提案を行い、実行までを手がける専門職能集団なのです。

今、まちに求められているのは、現代における新しい家守

私たち北九州家守舎は、江戸のまちの「家守」の職能を現代に活かし、まちの差配人として、地主・家主たる不動産オーナーと魚町エリアの新たな産業を担うビジネスオーナーをつなぐ役割を果たします。

私たちは、メンバーそれぞれの特性、専門領域や得意分野を最大限に活かしながら、魚町エリアの不動産オーナーのまちづくりへの想いを形にするお手伝いをします。

魚町エリアの遊休不動産をリノベーションによって魅力的に再生しながら、新しい事業を興すビジネスオーナーを支援し、地域内の人的新陳代謝を促します。そして物販・飲食の商業集積地として中心市街地の役割を担ってきた小倉魚町エリアの商業・産業のコンテンツを現代に合う形で更新・育成しながら、事業としてのまちづくりを行います。 北九州家守舎は、完全民間型のまちづくり事業会社なのです。

時代に求められるサービスを、ストック活用によって生み出し続ける

北九州家守舎の仕事のフィールドは建築・不動産を軸足としながら、周辺のあらゆる領域にまたがっています。私たちは、小倉魚町エリアの真の価値向上のために必要なことは、すべて北九州家守舎の仕事であると考えています。

私たちの業務は、不動産再生ためのコンサティングにとどまりません。リノベーションの事業企画や計画、転貸業によるクリエイティブ拠点の運営、リノベーションのデザイン・設計監理、工事はもちろん、実際の飲食業、物販業のプロデュースも行います。

さらには過去数回にわたって行われた「リノベーションスクール@北九州」の企画・運営といった、不動産再生に必要な知識や手法を社会に広めるための教育活動も行っています。

昨年10月にオープンしたレンタルスペース『うおまちのにわ 三木屋』では、長年使われていない建物に残っていた古い家財を片付ける「お片づけワークショップ」の企画運営から行いました。

現代の家守として、リノベーションによるまちづくりに関わるすべての業務、そしてそれらを通じたエリア内の不動産オーナーのお手伝いと事業オーナーの支援が、私たちの仕事だと考えています。私たちは、机上で考えるだけのシンクタンクではなく、実際に動いてリスクもとる実働型のお手伝いを行ないます。

私たちが考える、魚町の将来像

私たちは、過去数十年にわたって物販・飲食店の集積地であり続けた魚町エリアを、新たな都市型産業集積地として生まれ変わらせるために、まちのコンテンツを変えていく必要を感じています。

商店街再生のモデルとしてこれまで有効だと信じられてきたものは、建物の道路に面した1階部分に物販や飲食の店舗を誘致し、それを通じて活性化を図る、もしくは古くなった建物を解体し再開発によって新たに新築したテナントビルに商業店舗を誘致するといった手法でした。ところが行政の補助金等を活用したそうした取り組みは、全国の市街地でいっこうに奏功していないのが実態です。

北九州家守舎は、こうした商店街再生のあきらかな失敗に立脚しています。私たちは魚町エリアの、すでにそこにある歴史を持った「まち」と人々の思いの宿った既存の「建物」という空間資源を最大限活用し、リノベーションを行います。そしてそこに、これまでに魚町になかったようなサービスや市民活動の拠点などをバランス良く挿入していくことで、エリア内の回遊人口を増やし、自然に商業が再興する手法を採用します。人と人とのネットワークやコミュニティといった目には見えないつながり、建物、道路、アーケード、まちのすべてのリソースを使い倒してまちづくりをしながら、30年、50年先も人が集い、笑いながら語らい、歩いて楽しい「魚町」を子供達、孫達の世代に残していきたいと考えているのです。

まちづくりの仕事を、行政から民間に取り戻す

「魚町は誰がつくったのか?」

この問いが北九州家守舎設立の根底にあります。
今そこにある「まち」は、決して行政がつくったわけではありません。そこにいた人達、今の魚町の不動産オーナーやビジネスオーナーの先代、先々代である「まちの人達」がつくってきたのです。その先人達のまちに対する思いがあったからこそ、今の魚町があるのです。

今、全国の疲弊する中心市街地や商店街では、国や地方自治体といった行政の支援・補助を受けた、まちの活性化や商業再生事業が行われています。

一方、魚町は60年前、全国に先駆けて「自分たちのお金」で公道上にアーケード屋根を架けたまちです。そうすることでこの「魚町」というエリアを、他のどこよりも魅力的な商店街にして、まちに来るお客さんに楽しんでもらいたい、歩いてもらいたいと思ったのでしょう。その思いが今の魚町をつくったことに異論を挟む方はいないのではないでしょうか。

この「自分たちでやる」という民間型の発想こそが、これからの時代のまちづくりには必要だと、私たちは考えています。そして魚町には、自分の持っている土地や建物単体ではなく、まさに「エリア全体で考える」というまちづくりの思想が、古くから自然と根付いてきたのです。北九州家守舎はこの魚町から、「自分たちのまちは自分たちでなんとかする」という民間型のまちの再生と発信を、全国、そして全世界に先駆けて行っていきたいと思います。

北九州家守舎 嶋田洋平

※現代版家守の活動は(株)アフタヌーン・ソサエティ代表取締役の清水義次さんの教えを請いながら、魚町エリアの実情に即した形で実行しています。清水さんは北九州家守舎の社名の名付け親でもあります。
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